トライアンフ東京

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Rider’s Story 『宝探し』

「遠出は止めましょう」と言われたかと思えば「お得だから遠出しましょう」と言われたり。

日本中が奇妙な秋を迎えたある日、彼は愛車にまたがり信州を目指した。

この状況下でのツーリングに思うところがないわけではなかったが、単純に「小さな旅に出たい」衝動を優先させた。

中央道を北西に向けてひた走り、定宿での落ち着いたひと時を挟みつつ2,000m級の山岳道路をふたつ通過したのち上信越道経由で帰京する。

年に一度は必ず走る、彼にとって一泊二日の定番ルートだ。

 

 

2日目の午前中、標高2,100mに位置するドライブイン。

敷地内の喫茶店で買ったコーヒーを彼は紙コップに入れてもらい、店内ではなく駐車スペースで飲もうと持ち出した。

絶景と愛車をゆっくりと眺めながらコーヒーの香りを楽しむ、ライダーにとって至福の時間だ。 

「あのぅ…」

ふと、うしろから声をかけられた。

振り返ると、ツーリング中のライダーらしい女性がひとり。

「トライアンフ…ですか?」

車種を確認するというよりは、彼がオーナーなのかを尋ねているニュアンスだ。

「はい、僕のトライアンフです。」

彼は彼女に向き合いつつ、瞬時に予想した。

「かっこいいですね、お気をつけて!」

「ありがとう、きみもね!」

というやりとりを。

 

しかし、彼女は絶景のドライブインには似つかわしくない戸惑った表情を浮かべていた。

「すみません、お持ちでしたらスマートフォンを貸してただけませんか?」

思いもよらぬ申し出に、今度は彼が戸惑った。

「どういうこと?」

尋ねずには、いられない。

「実はバイクで走っている途中でスマートフォンを落としてしまったみたいで…」

「ポケットや荷物の中とかに紛れているのでは? 番号を教えてくれれば鳴らしてみるよ。」

「でも…。」

「あっ、もちろん見つかっても見つからなくても発信履歴はすぐに消すよ。」

「いえ、そういう意味ではないのですが…、ではお願いします。」

彼女の愛車に近付くと、そこには675ccトリプルエンジンを搭載したトライアンフが。

でも、今はそれどころではない。

伝えられた電話番号をコールしたが、着信音も振動音も聞こえてこない。

「写真を撮った後、このジャケットのポケットに入れて走り始めたのは憶えているので走行中に落としたのは間違いないと思います。」

そのポケットには、ファスナーもボタンも付いていなかった。

彼女の説明によると、スマートフォンがあればGPSを利用して落とした端末の現在位置がわかるかもしれないとのことだった。

自分のスマートフォンを彼女に手渡した彼は、コーヒーをもう2杯買うために喫茶店まで歩いた。

彼が戻っても、彼女はまだスマートフォンと悪戦苦闘をしていた。

「見つかりそう?」

「地図には表示されているのですが、それがどこなのかわからなくて…。」

端末を覗き込んだが、確かに落としたスマートフォンの所在地を示すマークの周囲には目印となるものが全くない。

この地図の記憶を頼りに走り始めたところで、これでは見つけることは不可能であろう。

 

「コーヒーを飲んだら、一緒に探しに行こう!」

実際、それしか探し出す方策はないだろう。

恐縮していた彼女もそれを理解し、その申し出に甘えることにした。

 

ふたりはコーヒー1杯分の時間だけ話をした。

「きっかけはトライアンフだったけど、あなたじゃなかったら声をかける勇気は出せなかったと思う。」

返す言葉が見つけられない彼は、黙ったままコーヒーを飲みほした。

「そろそろ行こうか。」

 

彼女はもちろん彼にとっても、来た道を引き返すこととなった。

なんとなくの距離感をつかみ適当な場所までランデブーをしては停車し、ポケットから出したスマートフォンに表示されている地図をふたりでのぞき込む。

「まだまだ先みたいだね。」

「スマートフォンホルダーとか使わないんですかー?」

微笑む彼女。

探し物に近付きつつある中で、気持ちにも少し余裕が生まれてきたようだ。

「きみのバイクにも付いてないじゃないか。」

「ナビとか、好きじゃないんですよー。」

「僕とおんなじだ、さぁ行こうか。」

うなづく彼女の笑顔は、なぜか楽しそうだ。

この時、彼の中ではスマートフォンホルダーを付けておけばよかったという気持ちと付けていなくてよかったと思う気持ちとが混在していた。

走って、停まって、地図を見る。

その作業を繰り返すこと数回、ついにふたりは探し出すべきものの至近距離まで近づいた。

「歩いて探そう」

振りかえると、彼女もすでにサイドスタンドを出していた。

道路の左右端にわかれて歩くこと数十メートル。

「あった!」

声を上げた彼女は、腰をかがめてスマートフォンを拾い上げた。

彼も彼女に駆け寄った。

かなり傷ついてはいたが、使用には問題なさそうだ。

「本当にありがとうございました。」

「見つかってよかった。」

「何かお礼をしたいのですが…、さっきのドライブインに戻ってコーヒーでもいかがですか? ってゆーか、さっきのコーヒー代のお支払いもしていない!! ごめんなさい、さっきのもこの後の分も払いますのでゼヒ!」

「いや、いいんだよ。 僕も宝探しみたいで楽しかったし、それに…。 いや、じゃあ僕はこれで。」

慌ててヘルメットをかぶった彼は、笑顔で手を振る彼女に見送られながら愛車をスタートさせた。

 

走り去った彼の心は、言うまでもなく後悔の念に苛まれていた。

「目的地…うしろだ。」

 

 

 

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